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家庭医・プライマリケア医のためのアメリカ・米国臨床留学への道
それは一つのとても大きな挑戦です

11/24/03
実習初日。朝8時30分にSIU Family Practice のクリニックへ行く。今日から3日間、伊藤先生は一日中クリニックの仕事がつづくので、先生について見学させてもらうことに。午前の勤務時間は830分から1230分まで。午前中に訪れる患者さんは全て前日までに予約を入れた患者さんで、約30分間隔で予約リストに載っている。従って先生が午前中に診る患者さんの数は7−8人といったところ。日本では考えられないくらい少ない! しかしここSIU で一人のレジデントが抱える患者数はなんと800人以上にも及ぶそうだ。一度の診察にきちんと時間をかけ、患者さんの納得いく処置・処方を行うことで無駄な往診がとても少ないということだろうか。
たった半日だけでも見た患者さんの疾患は実に多岐に渡る。手の感覚障害、mental retardationをもつ子どものスポーツ大会参加受諾のための問診、頭痛と左胸痛を訴える患者、うつ病患者の再処方、肥大した脂肪腫の手術の検討(この程度の手術はFPの守備範囲)、少年院から警備付き・手錠付きで訪れてきた不安神経症の少年…などなど。なかには、患者さんの付き添いが自分の健康相談をはじめるという場面もしばしばだ。先生は一人の患者さんに30分以上の時間をかけて診察・診断し治療方針を説明する。さらにこのとき問診を通じて患者さんの喫煙や飲酒の習慣に問題があれば、必ずこれを指摘し指導する。これが終わるとその都度指導教官にプレゼンをして、診断・処方に許可をもらう。その後患者さんのところに戻って改めて処方箋をかき、再度確認のために説明をして患者さんに疑問があるかどうかを訊ねてから、次の患者さんへ。結局一人の患者さんの診察時間は1時間弱にも及ぶ。日本で理想とされているような診察が実際に行われていることにとても驚いた。
先生の午後の予定はProcedure Clinicといって簡単な外科的手技習得を目的とするプログラムになっていた。今週は婦人科のPap smear / colposcopyの習得。指導教官の下でこれを行い習得していく。先生によれば、アメリカでは“みる(読む)→する→教える”の3ステップが全ての基本で、何でもためらわずに実践しあっという間に習得してしまう。それにしても、こんなにもきっちりと教育プログラムが組まれている(まるで大学の講義スケジュールのように!)なんて、アメリカの医療教育に強い魅力を感じてしまった。
とても繊細な問題(abuse,STD,cancer)を抱える若い患者さんが多かったために見学自体はほとんどできなかったのだが、SIUから2年目の医学生がクリニックに訪れており、一緒に午後の時間を過ごすことができた。SIUでは2年生から現場に参加し、実際の患者・実際の処置にはやくから触れていくことでearly exposureの効率が一層高まっているらしい。私も、まだ半日しかクリニックにはいないものの、現場をみて触れて体験する、ということがどんなに強い学習意欲となり、また教科書だけで学ぶよりもはるかに効率よく知識となっていくかということを実感した。
夕方からアメリカでは珍しい訪問診療の予定が入った(訪問診療費はものすごく高い)。クリニック業務が終了してから、患者さんのお宅へ車で走ることおよそ10分。少し汚れた感じの平屋の一軒家に待っていたのは“morbid obesity”という日本では聞き慣れない重大な疾患を抱えた男性患者さんだった。つまり、あまりに太りすぎているためにひとりで生きていけないのだ。実際、推定体重250kg というこの患者さんは、脳卒中・心筋梗塞・呼吸困難などを何度も経験していた。なにより問題なのは、入退院を繰り返しているうちに、vancomicin 耐性のMRSAを患って医療者から見放されてしまったことだった。彼が最後にたどり着いたのがFPというわけだ。あまりの病歴に伊藤先生も私も半ばことばを失ってしまった。それでも伊藤先生はじっくり患者さんの話を聞いた後、簡単に診察をして必要な薬の処方を行い、患者さんに自分の連絡先を教えて、後日改めて指導教官と来ることを約束。患者さんのお宅を跡にしたのは7時をすこし回った頃だったが、予想もしなかった重たい問題を目の当たりにして、まだそんな時間であることが信じられないほどだった。
この日ほど、多種多様な問題を抱える患者さんたち、そしてFamily Practiceの裾野の広さを痛感した一日は跡にも先にもない。

11/25/03

午前中は通常のクリニック、午後からAcute Care Clinicの仕事を見学させてもらう。どの患者さんに対しても、伊藤先生の診察はまず元気のよい自己紹介と握手からはじまる。そして学生の私の紹介もしてくださり、患者さんの承諾をきちんと得る。これは私の大学病院ではあまりみない光景のように思える。さて、本日一人目の患者さんは妊娠第364日目の3rd trimesterの妊婦さん。定期検診から始まった。正常妊娠の妊婦さんに対して一通りの問診、身体所見…。子宮底測定、Leopold Maneuver、胎児の心拍数…先生が所見をとっているのを眺めながら、どれもつい最近教科書で読んだばかりのことなのに、実際にどこをどう触っていいのか自分ではさっぱり分からないことにショックを受ける。何を聞かれても日本語ですら答えられない…。先生に説明してもらいながら患者さんに触れさせてもらう。3id trimesterの妊婦さんには何を注意して診察すればよかったのか、あとできちんと教科書を読み直そう…。 ところで、現在アメリカではこの時期の全ての妊婦さんに対してGroup B beta streptococcus (GBS)のスクリーニング検査が行われている。これは母親がGBSに罹患している場合、新生児の生命を脅かす感染症につながる可能性が高いためだ。しかし、スクリーニング検査の信憑性については現在も尚論じられるところとなっており、こういった情報に対しては常にアンテナを張っていなければならないと、先生は強調されていた。“医学の勉強”が単に教科書に書いてあることを憶えるに留まらないことを知った。医学知識が豊富である、ということは基本を熟知した上で常に新しい情報が刷新されていくということなのだ。なんて大変な世界なのだろう…。
二人目の患者さんは不定愁訴。目の前がちらついたり最近疲れやすかったり・・・という子持ちの女性だ。話を促すと止まらない。この患者さんの話にも先生は丁寧に耳を傾ける。結果夫との不仲と育児疲労が合いまったdepressionが一因らしい。薬の処方をして、Social WorkerとのCounselingをアレンジ。“よく話をきくと不定愁訴とdepressionの関係が見えてくる”のだそうだ。先生のような診察をしていたら、きっと日本でdepressionの患者はもっともっと見つかるのではないだろうか。その後、風邪をひいた子どもや薬の再処方を求めてくる患者さんなどがつづいた。ちなみにここでの薬の再処方は、患者さんの問診と診察を行って問題がなければ、半年から一年分もできてしまう。だから、患者さんがわざわざ外来に訪れる時間も手間も省けるし、医師のほうも他のたくさんの患者さんが診られるというわけだ。12時に午前中の診療は終了。午後に備えてきちんと1時間の休憩がとれるのもここでは当たり前のことだという。
午後のACCは当日予約のいわゆる急性疾患の患者さんの外来だ。1時から5時までのあいだに15人前後の患者さんを“さばいて”いく。午前中ほどひとりの患者さんに時間はかけられないが、それでも先生は一回の診察に20分前後の時間をしっかりとられていた。日本の外来に一番似てるよ、という話だったのだが、どうだろうか。さて診察では、この時期急に寒くなったせいか、風邪症状の患者さんがつづく。そのうち何人かの患者さんの問診をとらせてもらった。初問診である。昨日からずっと見て聞いている先生の問診を思い出しながらも悪戦苦闘。頭でわかっているはずも実際挑戦してみるとちっともうまくできない。こんなにも理想と現実が違うとは…。問診のあとは伊藤先生に手短にプレゼン。何をどうかいつまめばいいのか教えてもらう。やっぱり実際にやってみると、とてもためになる。貴重な初体験に少し興奮しながら、二日目が終了した。

11/26/03

今日も午前中はクリニック。毎週水曜日の午後は通常なら3時間、全てのレジデントが集まっての勉強会があるらしいのだが、Thanksgiving前ということでなくなってしまった。
今朝はheart attack followingから始まった。MIC術後1週間で退院した患者さんのフォローである。ここではFPに求められることが本当に広い。アメリカではFPの守備範囲が広いからこそ専門医は本当に専門的な仕事だけに集中でき、日本とは比べものにならないほどの症例数をこなせているのではないだろうか。
先生はこの患者さんの話をきいて服薬歴・生活習慣をチェック・診察したあと、指導教官のもとへ。彼女たち(女性が多い!)と、今後の合併症の危険性・現在の服薬の適正・社会復帰の可能性をいつもより少し長めに話し合う。この日は、TIAの患者さん(BP160/110)followingもあって、先生たちの降圧剤の第一選択薬についての議論を続けてきくことができた。“この分野もものすごい速さでエビデンスが変わっていってるからね”、と伊藤先生。レジデントは、そういった新しい情報をいち早く知ることが求められるそうだ。これを指導教官にプレゼンし議論することが、上からの評価だけでなく、医師として独り立ちの準備にもつながっている。また、特に重要な情報については、急遽勉強会が開かれ様々な角度から検証・検討されて即行で治療法が更新されていくのだそうだ。
 ところで、2人目の患者さんを診察するとき診察模様のビデオ撮影があった。これはsocial workerがレジデントのClinical Skills Assessmentを評価するためだ。患者さんに協力してもらって、評価シートの各項目にチェックを入れてもらう。これは定期的(しかし突然)に行われており、患者さんとのコミュニケーション構築がよりよくなされるための教育の一環だという。こういうシステムが日本にもできないものだろうか。”いつもよりちょっと丁寧に・・・”と伊藤先生。いつも結構丁寧だけど・・・。
この他の患者さんで、クリニックに風邪様症状で訪れた人の問診を取らせてもらった。注意してきくべきポイントはわかってきたのだが、質問することで頭がいっぱいになってしまう。丁寧に診察する、って大変なことだと痛感する。午前中、5人の患者さんを診察してこの日は終了。半日だけでも十分充実した日だった。

11/27/03

今日からthanksgiving の休暇がはじまったので、当直の先生(Dr.Markley)について休日の入院患者回診を見学させてもらう。朝7:00St.John’s hospitalに集合。前日の当直医からの申し送りを受けた後、指導教官・レジデントと3人で病院を回る。休日回診では、午前中担当の入院患者を診たら指導教官はそのまま帰宅、何もなければ(緊急入院など)レジデントも帰宅待機となる。したがって指導教官もレジデントも一刻も早く仕事を終えるべく、物凄いチームワークを見せる。特に指導教官の勢いはすごい。クリニックの仕事と違って、ここでは指導教官が中心となって患者さんを診て回る。仕事の流れは、まず各病棟へ行き、ナースステーションで患者さんのチャートから入院経過をチェックする。処方薬の適正を入念に調べる。そして当日のバイタルをチェックし、手短に患者さんの診察をして、チャートを書き、必要なら薬を処方し終了。次の病棟へ行く。小児科病棟・放射線病棟・循環器病棟…さまざまな病棟を駆け抜ける。St.John’s が終わるとMMC(SIUのもう一つの病院)へ移動し、また同じように患者さんを診て回る。2つの病院を上から下まで駆け抜けて午後1時を過ぎた頃、ようやく終了。カフェテリアで食事をしながら、各患者さんの状態をもう一度確認し今後の方針を話し合って、指導教官もレジデントも帰っていった。この日は緊急入院もなかったため、見学もこれで終了。休日働くということが、日本よりも損したように感じる国だと思った。
さて、この日特に記憶に残ったのは、“Social Problem”を抱える患者さんのケアである。一件は、患者本人がNursing Homeへの入所を希望しているのに家族が強く反対しており、そのために十分なケアが受けられない、というケース。もう一件は、入院精査が必要な疾患を抱えている患者さんで、MedicareにもMediadeにも加入していないために治療費を払えないというケース。彼は、即日退院を希望していた。どちらの場合も患者さんのケアに最もよい方法が取れるように、先生たちは、家族を説得することを患者さんに約束したり、福祉士に連絡をとってなんとか治療費を保険でカバーできるようにアレンジしたりしていた。こういった問題を抱える患者さんは多く、それを一緒に解決していくのもFPの役目だという。

11/28/03

実習最終日。今日も休暇中なので昨日同様当直の先生(Dr.Robbins)について休日回診に参加。今日は指導教官とレジデントが2手に分かれて仕事をこなす。精神科、老人病棟、呼吸器科…。仕事内容は昨日と一緒だ。今日は、産婦人科で生まれたばかりの赤ちゃんの身体診察を少し教えてもらった。虹彩形成の確認、股関節脱臼の有無、鎖肛の有無…。新生児を触るときはとくにしっかり手洗いをしなければいけない。
見事なチームワークのために、お昼過ぎに回診終了。
午後、もしかしたら分娩があるかもしれないということで夕方まで病院で待機していたが、残念ながら分娩は始まらないまま実習最終日は終了した。

感想

家庭医に興味があり、実際にアメリカで見てみたい、とずっと思ってきた。曲がりなりにも一通りの専門課程を終え臨床実習に入る前の4年のこの時期に、幸運にもこの見学実習に参加する機会を得た。
特に最初の3日間、一日中伊藤先生につかせてもらったために、本当にあれだけのことが3日でしかなかったのかと思うほど充実した内容だった。1週間ではあったが、見ることの出来た患者さん達の症例の多彩さ、患者さんたちの抱える問題の深さ、そういった患者さんに対する先生達の対応のひとつひとつ、また実際に臨んだ患者さんの診察・プレゼンとその後の伊藤先生のアドバイスや指摘。一瞬一瞬目が離せないほど貴重で、毎日が発見と驚き・そして内省の連続だった。今後の学生生活の指針になる、濃厚な経験ができたと思う。

伊藤先生、そしてSIU FPの皆様。アメリカの医療現場・医学教育プログラムを自分の目で見られる素晴らしい機会を下さって、本当にありがとうございました。先生の今後の益々のご活躍、そして素敵な夢が一刻も早く実現しますことを心よりお祈りいたします。