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家庭医・プライマリケア医のためのアメリカ・米国臨床留学への道
それは一つのとても大きな挑戦です

参加動機と背景

実質5日という短期間だったが大学の研究室配属期間を利用して参加させていただいた。もともと幅広く診られかつ患者さんの身近にいられる家庭医学という分野に興味を持っていたのと、アメリカの臨床現場を一度見てみたいというのが動機だった。臨床経験のなさと医学英語不足は不安だったが、初の米国、そして伊藤先生にお会いできる期待いっぱいで参加した。(参考までに診断学の本、USMLE用の産婦人科の本、Bates’の身体所見の本、Harrisonのコンパクト版、Current Medical Diagnosis and Treatmentのコンパクト版、など本をたくさん持っていった。)


2003年12月
1日(月)
午前はメキシコ出身のDr Quevedoについてクリニック。自分が4年生でまだ臨床経験がないことを最初に話し、できそうな身体所見はとらせて欲しいとお願いして見学についた。
Drは美しい方で、とても優秀かつ患者さんに対するempathyのある方だった。季節がらか上気道感染、アレルギー性鼻炎や喘息の幼児などが多かったが患者さんは年齢も疾患も背景も様々だった。腋下のしこりを訴える産後間もない女性(副乳かと思ったが母親に乳がんがあったのでbreast center referされた)、大きなumbilical herniaのある生後5ヶ月の赤ちゃん(かなり大きく増悪しつつあるものでも1年様子をみると大体自然治癒するとのこと)、 cocaine positiveで生んだばかりの赤ちゃんを取り上げられてしまった母親などなど。産後の女性で欠かせない問題としてBirth control pillsについて必ず聞くようにと先生から教わった。また、 Breastfeedingの有無、milk の量やformulaばかりでなく、いざというときに育児を手伝ってくれる人がいるかどうかも問診に含まれていたのが印象的だった。職業や保険の種類、社会的あるいは心理的サポートなど細かいところも配慮されていた。先生がこの朝一番興味を持っていたのはslurred speechが主訴で来た60歳の女性。脳梗塞の疑いをもって診察していたが、他にもhypothyroidism type2 diabetes Bell’s palsy hypoglycemia dizzinessの既往がある方で、付き添いの人によるともともとしゃべるのが遅いとのこと。結局今までの薬を処方されて帰った。お昼はDr Quevedoがサンドイッチ屋さんに連れて行って下さり、皮膚科や内科をしていたという経歴、なぜFamily Medicineに来たのか、外国人として、女性としての立場などについても話してくださった。
午後は同じく3年目のDr Ciechnaについてクリニック。早口だがとても明るく楽しい先生だった。Colonの検査を受ける患者さんに stool sample sigmoidscopy colonoscopyのオプションがあることをスラスラ説明する先生を前に、そういえばcolon cancer80%sigmoid colonにできるんだった、などと忘却のかなたに葬り去られていた知識を掘り起こす場面もあった。心に残っているのはBack painの患者さんが続けざまに3人も来たこと。奇妙なことに本物の腰痛患者さんは1人だった。薬にaddictしている人が多いと先生が話して下さったが、全て本気で聞いていた私にとってはすぐに嘘を見破ってしまう先生をすごい!と思った。

12月2日(火) 

午前Dr Quevedoとクリニック。偶然皮膚科疾患の患者さんが多かったのでもともと皮膚科医だった彼女といられてラッキーだった。ただの老人性のものにしか見えないシミも、触ると前がん状態だと分かるという。そのおじいさんに液体窒素でCryotherapyをしたほか, PediculosisScabies, Tineaなどたくさん皮膚科の勉強ができた。先生にSanford  guide や皮膚科の本として Fitzpatrickなどを推薦してもらった。
午後は伊藤先生とCHCCに行きたくさんのPrenatalの診察を見学した。問診、Pap smear、子宮高測定など、何度もPrenatalばかりを見ているとだんだんするべきことが分かってくる。私も胎児の心拍数を測ったりPelvic examをさせていただいた。伊藤先生に3rd TrimesterBleedingはなぜ重要なのかと聞かれ(目を白黒させて答えられず、)母児ともに命が危なくなるcomplicationsについても教えていただいた。 preeclampsia placenta abruptio, placenta previaは英語の単語でピンとこなかったのはおろか日本語でも「??」状態であったので帰ってから産婦人科の本を読んだ。そうして知識を得て初めて問診のときbleedingがないかたずねる意味がわかり、教科書の文字と目の前の患者さんがリンクしていく実感を得られたと思う。私は特にひどい部類の学生だったと思うが、おおむね産婦人科は日本の学生にとって結構弱点なのでは?反省も含め、実際の妊婦さんにふれることでとても興味を持てたので感謝しています。

12月3日(水)

伊藤先生と一緒に朝早くMemorialに行き、レジデントによる症例プレゼンに参加。その後Dr DeladismaDr Richieと一緒にcircumcisionの手術に行った。赤ちゃんは生後2日。私は指にゴムサックをはめ、砂糖水をしゃぶってもらう名誉にあずかった。アメリカではカリフォルニアを除いて99%がcircを受けるらしい。生後1日からできることや、抗生物質を使わなくても大丈夫だと教えていただいた。伊藤先生の「手術するメリットのEBMがないんだよね」というお話と赤ちゃんが痛がって泣いていた姿が何ともpainfulな朝だった。その後 Roundに参加した。患者さんは数日で退院する人が多いので出入りが激しい。各症例のディスカッションのほか、この日はDr Deladisma Deliriumついての短いプレゼンをしていた。そこでDeliriumcommon causesを覚えて帰った。また、Roundでは医学生のAngieに会った。同じ学生でも母親であり、プロフェッショナルな中にもふんわりとしたオーラを漂わせていた。RoundDr Whelanについて彼女の受け持ち患者さんを退院させるところを見学。最終的には上のアテンディングであるDr Richieが確認し、患者さんの把握も責任もはっきり持つことになる。Dr RichieDr Whelanも若いが母親であり、その点でも日本との大きな違いを感じた。
午後はClinicの地下でConferenceがあった。カナダから来た先生による糖尿病と妊娠についてレクチャーがまずあった。声が小さい方だったが、とても興味深い内容で集中できた。その後は2グループに分かれてAndropauseType2 DiabetesInsulinについてのディスカッション。Hormone replacementの是非でかなり盛り上がり皆冗談をまじえつつどんどん意見を言っていた。とても楽しく、また先生方の選択肢の広さに感心せずにはいられなかった。教材として症例、質問、資料などが載っている冊子が配られたが、このようなシステムがそろっていることにも感心した。
その後は伊藤先生とHome visit。患者さんは53歳の男性。morbid obesityで寝たきり、背中の手術傷も治らず腹部に大きなtumorがあり、 urinary spasmで排泄もままならず pneumonia diabetes、関節のダメージなどなど、おまけに常に痛みがひどいという方だった。何よりも彼の状況を悲しいものにしているのはバンコマイシン耐性のMRSAに感染しているということだった。医療機関やソーシャルワーカーも来てくれず孫娘も抱けず腹部腫瘍の手術もできない。寒いなか、VR-MRSAを感染させまいとドアを開けたまま応対してくれた彼と先生とのやりとりを聞いていて胸がつぶれそうになった。自分にできることはあまりないが、先生のはたらきを祈りにおぼえて応援したいと思う。

12月4日(木) 

朝7時に待ち合わせDr Deladismaの診察についていく。緊張と時差ぼけで朝は苦にならなかった。たまたまこの日彼の患者さんは全員Memorialの患者さんだった。Dr Deladismaはフィリピンの医学校を卒業されたそうで話が盛り上がった。安定した患者さんばかりで2時間弱診た後、StarbucksでのRound。木曜日はアテンディングが交代する最後の日なのでこのように病院外で朝食をおごってくださるという。密室外ではディスカッションのときも患者名をイニシャルで言うなど、プライバシーにも注意が払われていた。この日も昨日話し合った患者さんに合わせてFTTFailure to Thrive)についての短いプレゼンがあった。
午後は伊藤先生とNursing Homeへ。雰囲気は日本の老人ホームと同じで、80歳台、90歳台とは思えない元気な患者さん4人の診察をした。ここでも聴診や血圧測定などをさせていただいたが、何も満足なことができず肺のwheezeを聞くのがやっとだった。ここで伊藤先生に便秘について聞くのがなぜ大事かたずねられ簡単なことに悩んだり、systolic ejection murmurについて聞かれ、翌日までに勉強してくることになった。(実際この夜はずっと心臓についての勉強をした。必死になってやると不思議と頭に入り勉強になります。)診察後Dr ThomasDr Simmonsと合流してのdiscussionGeriatricの場合リチウムを使うか否か、やaspiration pneumoniaについてなど話し合われた。細かいところは理解できなかったが、伊藤先生が自分の患者さんについて要領よくプレゼンされる様子も勉強になった。

12月5日(金) 

午前は伊藤先生とクリニック。雪のためかなかなか患者さんが来なかった。今日で最後なので待っている時間じっと本を読むのももったいない。Dr Robbinsにお願いしてFollowさせてもらうことにした。レジデントについてみると一人一人スタイルが違うので勉強になる。しかし前立腺のexamであえなく部屋の外に出されることになり、伊藤先生のもとへ戻った。ここでびっくりしたのはいきなりカルテを渡されて問診を取ってと言われたことだった。見学している間は簡単そうに見えるが、いざ真っ白のカルテを渡されて患者さんと向きあうと頭も真っ白になる。中耳炎やcellulitisなどいくつか病歴のある老齢の女性で首のmassが痛いという主訴だったが、何が注目すべき疾患なのかよく分からない。左耳が聞こえないというのでパニックになって耳の中を見たりした挙句、患者さんに申し訳なくなって先生を呼びにいった。医学的な知識はもちろん英語力もまだまだ足りないなと実感して、とてもいい経験をさせていただいたと思う。
午後はOBに連れて行ってもらい24-hour dutyになっているDr Markleyについた。お産を見たことがないのでぜひ、お願いしてのことだった。幸いこの日は全く異なったお産を2件見ることができた。1つはもうpushが始まっている患者さんだったが、立会いを許可してくださった。19歳初産で、部屋に入ったときには赤ちゃんの頭が見えていた。みんなで励まし励まし1時間も力んでからやっと生まれたが、赤ちゃんも本当に回転しながら生まれてくるのが分かった。初めて見る出生にとても心動かされ、苦労して生まれてくるんだなぁと部屋の隅でじいんと感動していた。もう1件は年末が予定日という患者さんで2度目の出産。訴えがひどいので何度もCervixを確認していたが、変化がないので一度家に帰した患者さんだった。数時間後に戻ってきて本当に苦しそうだったがまだCervixも7cmくらい。1人部屋に患者さんを移し、あまり乗り気でないDr Markleyと部屋を出たとたん、「ギャ〜!!!」という絶叫が聞こえた。駆けつけてみると赤ちゃんが半分体外に出ている。Dr Markleyは大慌てで手袋をはめ、私は脚を押さえた。1例目とは対照的にものの10秒ほどでつるんと生まれてきたお産だった。この日初産婦と経産婦では経過がかなり違うことも分かったし、無痛分娩と自然分娩の違いも分かった。予定日も陣痛の長さも個人差が大きいことも。いずれにせよ、赤ちゃんが誕生してくることの不思議な崇高さと家族の喜びを肌で感じ「お産っていいものだな」と心から思った。帰り道、たった5日の実習でどれほどたくさんのものを経験できたことかと思いつつ病院の外へ出ると、クリスマスツリーがカラフルに光り雪がうっすらと積もっていた。来させていただいて本当によかった。

参加しての感想

家庭医学が想像していたよりも幅広く面白いことに加え、素晴らしい医療、Drたちに感動し喜びっぱなしでした。同時に自分の医学知識のなさに唖然とし、言葉、積極性のなさ、妥協、怠け、集中力のなさなどを痛いほど自覚しました。あと2年ちょっとで医師として社会に出荷されるには不良品すぎるでしょう。4年だから、カリキュラムや教育制度が違うから、というのは言い訳にしか過ぎず、何もできないのは「すべて」自分のせいだと目を覚まさせてもらえました。戸惑いも多い初のアメリカでしたが、お金では買いきれない経験をさせていただいたのは間違いありません。これからどのように貢献できるか、何をしていくかは柔軟に構えていきたいと考えていますが、とにかく今の反省やショックを持ちつづけ自問しつつ進んでいきたいです。今はただ感謝の気持ちでいっぱいです。伊藤先生をはじめSIU関係者の方々、患者さん、出会えたお一人お一人、また特に影でサポートして下さっていたたくさんのお顔の見えない方々、先生、友人、家族をおぼえて感謝します。どの方が欠けてもこれだけの実りはありえなかったでしょう。ありがとう存じました