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家庭医・プライマリケア医のためのアメリカ・米国臨床留学への道
それは一つのとても大きな挑戦です

2004年1月5日から9日の日程で伊藤先生がレジデンシーをしているSIUに訪問させてもらったので、ここに報告させていただきます。私はアメリカで家庭医療のレジデンシーをするべく準備中ですが、ここを訪問したのはいろんなタイプのレジデンシープログラムを観察して、どのようなプログラムが自分に向いているのか、将来日本でプログラムを立ち上げるとしたら、どういうシステムが良いのかのアイデアを得るのが大きな目的でした。

1月5日
今日はCenter for Family MedicineCFM)のクリニックで一日レジデントの外来診療を見学した。午前はレジデント3年目の女性医師に付く予定になっていたが、何か事情があってかなり遅刻してやってきたので、慌しい外来となった。このレジデントは外科を1年やってから家庭医療のレジデンシーに入ったので、半年ほどクレジットをもらっており、オフサイクルで今月にレジデンシー卒業となる。そのためか、ほとんどはプリセプターの事後確認で患者を診ていた。それでも確認したいことのあるケースや、自分の分からないところのあるケースについてはちゃんとコンサルトをしていて、放ったらかされているわけでもなく(あるプログラムを訪れたときには、プリセプターは3年目のレジデントに対してはサインしかしないようなプログラムもあった)、3年目のレジデントとして適度なレベルでプリセプティングを受けているように感じた。少し残念だったのはこのレジデントの患者とのコミュニケーションで、誘導的な質問をすることが少なくなかった。遅れた時間を取り戻すために頑張っていたところが大きく影響しているとは思うが。患者とのコミュニケーションについては、こちらでも折りあるたびに教育されていて、評価やフィードバックもされていると思うのだが、その効果について以前からしばしば疑問に思うことがある。自立していくにつれてコミュニケーションスキルの各要素が抜けていくレジデントが少なくないのではないかという印象を持っているが、ないよりかは成果を挙げていると期待したい。
午後は3年目の男性医師についた。このレジデントは2人いるチーフレジデントのうちの一人である。午前中のレジデントもそうだが、外来患者を非常にテキパキとこなしていく。ヒストリーを取るのにも、しっかりとpertinent positive negativeを押さえていて、的確に診断を下しているように思えた。このレジデントは、医療保険を変更するので健診が必要だという人を除いて、すべての患者についてプリセプターに話をして、診断治療を確かめてから患者を返していた。どれだけプリセプターを使うかは、ある程度レジデントの姿勢によって異なってくるのだろう。午後の外来では、患者の以前受けていた治療について、その正当性が疑問に思われる患者がしばしば見られた。このレジデントもそれについて嘆くような口調で話をしていた。時に、アメリカの医療はすべてEBMに沿って行われているというような錯覚を感じさせるような口調で話をする日本人に会うが、いくらEBMの教育が進んでいても、実際の医療の場ではこれが現実なのであろう。もちろんエビデンスを踏まえて、様々な要素を鑑みてガイドラインと外れた選択をすることも多々あるであろう。
患者数が多くないこともあるのだろうが、この日は4時半までにすべての患者の診療を終えた。タイムマネージメントに関しては、こちらのレジデントは総じてすばらしく感じる。

1月6日
今日はFamily Medicineローテイト中の伊藤先生についてFPの入院サービスの見学をさせてもらった。伊藤先生はこの3日間患者が多くて睡眠不足と疲れもあって、大変そうであった。伊藤先生はこの日は6時前から病棟にでて仕事をしていたが、あまり忙しいので私は9時の病棟ラウンドから参加させてもらった(ラウンドと言っても患者を回っていくものではなく、カンファレンス室でお互いのもち患者について報告し合い、必要に応じて検討を行うもの)。ここのFPサービスは少しユニークで患者が2つの病院(メモリアル病院とセント・ジョン病院)に分かれている。患者はもちろんCFMでフォローされている患者だが、どちらの病院に入院になるかは大きくは患者の選択によるようだ。またFPの見ている患者のお産はこのFPサービスが手掛けており、通常FPのサービスでもMedicineObstetricsを分けているプログラムが多いと思うのだが、ここのプログラムはそれとは異なっていた。
この日は伊藤先生がオンコールの日で、朝7時から翌朝までの24時間新入院の患者を受け入れることになる。カンファレンス前にすでに一人膵炎の患者を入院させていて、カンファレンス前に手早く入院のディクテーションを済ませていた。患者の痛みのコントロールが不十分であったので伊藤先生はモルヒネをオーダーしていた。私も膵炎患者の治療経験は少なからずあり、モルヒネ投与は控えるよう教育され、いつもソセゴンを使っていた記憶があったのでそれについて尋ねたところ、モルヒネが膵炎を悪化させることを示唆するクリニカルエビデンスはないそうである(後にUpToDateでも確かめた)。
ラウンドは11時くらいまで続いた。やはりこのシーズンはこちらでも入院患者が多いようで、結構時間がかかった。それでも伊藤先生の担当患者は11人ほどであった。そのうち半分ほどはSocialと呼ばれていて、他科入院中の患者について全身的なことについてコンサルトを受けているという患者なので、日本のくそ忙しい病院で研修をしている先生に比べたら実質の一日あたりの患者数は少ない。それでも1日かけて(といっても夕方になれば通常帰れるよう)大変そうに働くのは、一人一人の患者について詳しく記録をすること、一つ一つのケースについて十分にアテンディングとディスカッションすること、そして患者の入院期間が短いので短期間に多くのことをしないといけないことがあるのであろう。
午後に外来から黄疸の患者が入院となったが、ローテイト中の医学部4年生にその患者を任せて、朝伊藤先生が診られなかった患者を一緒に回った。患者の中には精神科疾患のある患者も多く、その疾患が特に発語に影響してくると英語を聞き取るのは私にはほぼ不可能であった。今後アメリカでレジデントをするときにはこれが大きな不安材料になるように感じた。
医学生がほぼ黄疸の患者を見終わったところで、彼女と合流し、その患者のディスカッションとなった。まず彼女がこの患者について伊藤先生にプレゼンテーションするところから始まるが、ほぼ必要な病歴、身体所見を取っており、伊藤先生のその後の患者の診察はそれを確認する程度のものであった。そしてアセスメントとプランについてもプレゼンテーションしたが、それもほぼ的確なものであった。こちらでは医学生は労働力として十分にカウントできる。多分この学生は特別にすぐれているわけではなく、平均的な学生であると思う。日本では学生にここまで期待できないのは当然であろう。ただ、私も名古屋大学の総合診療部でティーチングに関わってきたが、これくらいできる学生は少なからずいる。もちろんその学生が優秀で、モチベーションが高いことがそうさせているのであるが、日本でも全科でクリニカルクラークシップを行って、評価もしっかりとしていけば、このレベルに到達するのはそう難しくないのではないかと思った。一通りディスカッションが終わったら、アテンディングを呼んで直接診断・治療方針の確認が行われた。
日中ERからの入院がなくラッキーな一日だと話していたところ、ERからページがあった。FPの患者の入院依頼だったが、驚いたのはまずFPのアテンディングにERの医師が話をしてからでないと患者を入院させられないということであった。このERの医師はアテンディングをページするのを忘れていたので、伊藤先生がまずそうするようER医師に指示した。その後しばらくしてERからまたページがあって、入院の許可がアテンディングから下りたようである。このシステムはレジデントの負担を減らすのにもいいように思えたが、要は不要な入院を抑えて病院の損失を抑えることがメインの目的なのかもしれない。
ERの患者は85歳の男性の一過性意識混濁および転倒であった。ここで私は病歴と身体診察をさせてもらい、伊藤先生に補完してもらう形で患者を診た。もともと痴呆のある患者で、脳梗塞、冠動脈疾患、不整脈、痙攣の既往があり意識混濁、転倒の原因はいろいろ考えられたが、以前にも同じようなエピソードがあって入院し、明らかな原因も分からず、また今回新たな所見も見つからず、入院していろいろ検査してもお金だけかかって何か見つかったとしても、特に大きな治療方針の変化には結びつかない可能性が高かったことから、伊藤先生は帰宅の判断を下した。そこには家族が患者に非常に協力的で家族もそれを望んでいたこともある。伊藤先生はアテンディングに連絡をとり、それを説明し患者帰宅に漕ぎ着けた。
その後しばらくページがなかったので、私たちも帰宅した。オンコールのレジデントは自宅で待機できるのもうらやましいところである。

1月7日
今日は伊藤先生のオンコール明け日。結局あのあと、何人かの入院とお産があったので、寝られたのは2時間ほどだと言っていた。朝は7時半から月に1回あるM&Mの日なので、私はそこからのスタートとなった。ところが、発表する予定の人が準備できてなくてファカルティが興味深い症例を紹介するに終わった。普段のM&Mの参加者数からしても、ここではM&Mは軽んじられているような気がする。その後、伊藤先生が2日前に担当したお産のお母さんと赤ちゃんを見に行った。お母さんと赤ちゃんの状態に問題ないことを確認して、退院に際しての教育を行った。この患者は割礼を希望していたので、その後伊藤先生がアテンディングの付き添いのもと割礼を行った。割礼の観察をしたのは初めてで貴重な経験をさせてもらったが、この手技は他のどの手技よりも痛々しく感じながら観察した。
その後毎日ある入院患者のラウンドだが、今日は病院のレストランでアテンディングと食事を取りながら行われた。このレストランは客も少なく、隅の方で行われ、患者の名前もイニシャルを使っていたから(思わず実名を言ってしまうことも何度かあったが)一応Confidentialityを保つように努めていたと思うのだが、アメリカでこういう光景を見ることは全く予想していなかった。ウェイトレスには患者リストが見えてしまうわけで(見ようと思って見なければ何を書いているか分からないであろうが)、結構アメリカでもアバウトなところがあるのだなと思った。
ラウンドが終わるともうお昼近くになっていた。伊藤先生はオンコール明けなのでデューティはもうない。一緒に昼食をとって伊藤先生は帰宅。私は午後のFP conferenceに参加。これは毎週水曜の午後に行われているもので、レジデントは他のデューティはなく、オンコール明けでない限り参加しないといけない。ここではFPにまつわるトピックスについてレクチャーがあるわけだが、今日は新生児の呼吸困難、さまざまな皮疹の所見についてであった。通常3つレクチャーがあると思うのだが、この日は翌年のチーフレジデントの選出のための候補者演説があった。そしておまけ的にここのプログラムの卒業生が作成した十代のママ向けの教育ビデオを見た。ここではFPファカルティであるソーシャルワーカーが、十代のママの直面する問題について考えを促すような形で簡単なディスカッションも行われた。

1月8日
今日の朝のラウンドはPharmDも参加していて、毎週木曜はそのようになっているらしい。そのため、症例検討中も多くの薬に関する質問が出ていた。今日は症例の報告、検討の他にエデュケーションといって、レジデントが調べたことについて発表する時間が持たれていた。偶然にも伊藤先生の担当日で、COPDへのアミノフィリンの使用について話した。ここではアミノフィリンがまだ頻繁に使われているのかと最初は驚きを感じながら聞いていたが、どうも古めのファカルティがよく使うようで、伊藤先生もそれに疑問を感じて調べたようだ。PharmDの話でも、アミノフィリンが処方されることはほとんどないと言っていた。
午後はナーシングホームに訪ねた。各レジデントに何人か患者が割り当てられていて、月に1回は訪れて診察をしないといけないらしい。今日は4人のレジデントが来ていて、それぞれ自分の担当の患者を見回ってから、アテンディングのところに集まって、特にケアの必要なケースだけディスカッションを行った。その後、ここでもエデュケーションというものがあり、無症候の白血球尿について発表していた。その後、特にメディカルなケアが必要な一人の患者だけをアテンディングと一緒に見に行った。

1月9日
今日も朝のラウンドから始まった。この日は患者がほとんどセント・ジョンの方にいるのでそちらで行われた。伊藤先生は今日は新たな患者を得たわけでもなく、ラウンド前にすべての患者を見終わっていたので、ラウンド終了後は昼食を取って、1時半からの外来まで結構余裕があった。
午後の伊藤先生の外来には7人の患者の予約があった。患者は妊婦から整形、循環器、子供の健診といかにもFPらしいものであった。伊藤先生は2年目であるがプリセプターへの関わり方は、基本的に3年目のレジデントと変わらないようであった。この日のプリセプターには、伊藤先生の慕っているイーアート先生がいて、伊藤先生が慕う理由もよく分かる。マックマスターで臨床疫学を学んだEBMマインドの上に、何か人格的なものが重なっていていろんな意味で有能な教育者と言えそうだ。また、テニス肘で来た患者に手首のスプリントを処方するよう指示していたが、それがいかに効果的なものであるかを患者のところで、患者、私たちともに見せてくれて、それには目から鱗が落ちるようにさえ感じさせられて、そういう教育のスキルを有しているのだろう。

まとめ
 この1週間SIUスプリングフィールドのFamily Practiceを観察させてもらって、大変参考になった。ひとつは入院のFPサービスのあり方について。レジデンシー終了後もお産をして、小児の入院も行ってということを考えている人にはこのプログラムのシステムは最適なのではないかと思う。
 レジデントのトレーニングについては、ほんとにアテンディングの目がしっかりと行き届いていると思う。これは医療保険からのプレッシャーによるところも大きいのではないかと思うが、教育の機会となるとともに医療過誤の防止にも役立っていると思う。
 また私の観察した限りでは、レジデントは自分の担当している症例について勉強する時間が十分にとれるのではないかと思う。そういう風にして研修していくとそれなりに忙しいプログラムと言えると思うが、適当にやっていけば結構楽にこなせてしまうプログラムなのかもしれない。そういうなかでも伊藤先生は自ら症例を求めて、積極的に勉強をされているように感じた。
 それから、レジデント、ファカルティともみな非常に親しげで雰囲気がいい。ここでの研修はいろんな意味ですばらしいと感じた。
 最後に、今回の私の訪問を実現させてくれた伊藤先生に心から感謝申し上げます。